薬師岳山頂
快適な尾根歩きをしていると突然山小屋が現れました。薬師岳山荘は尾根の窪地にありました。「かき氷でも食べようかな」「こんな朝っぱらからだめ」我々のそんなやり取りを笑顔で見ていた少年がいました。「僕何年生?」「6年生です」「何処から来たの」「大阪からです」礼儀の正しい少年でした。お母さんの説明によると、「おねえちゃんは受験なので、おばあちゃんに預けて来た」とのことでした。ホットミルクを注文して、ベンチで彼らと一服しました。その後彼らとは折立へ下りるまで一緒でした。
薬師岳山荘から小一時間でケルンのある山頂でした。「金の観音さまがないわ」荒れた祠を見てEさんが言いました。「向こうでしょ、頂上は」指差す先を見るとお堂らしきものが建っていて、たむろしている人影が見えました。10分ほどで本峰の頂上に着きました。三角点は薬師堂に張り付くように立っていました。山頂に足跡を残した証にポンと三角点を叩きました。

『薬師岳は、白馬や槍のような流行の山ではないが、その重量感のあるドッシリした山容は、北アルプス中随一である。ただのっそりと大きいだけではない。厳とした気品もそなえている』と、深田久弥が《日本百名山》で書いている薬師岳、裏銀座コースを歩いた時から憧れた山の山頂に今立っています。

薬師堂には金色の薬師如来像が安置されていました。我々はお賽銭をあげて手を合わせました。「それではここで祝詞をあげましょうか」と、『高天原に 神留まります 神漏岐神漏 美命もちて …』と声を発する。 祝詞を詠んで振り返ると、若い男性が二人手を合わせていました。雨が降って予定を変更したので行けなくなった、高天原が右手の下にありました。
立山方面を見ると隣り合うように北薬師岳がありました。この稜線をたどれば五色ヶ原へ通じています。本峰と北薬師岳との間には、見事な金作谷カールがありました。このカールは国の特別天然記念物に指定された薬師岳圏谷群の一つだそうです。大阪の小学生が上がって来ました。私を見つけると愛嬌のある笑顔で微笑みました。「おお!来たな」と手を差しのべると、お父さんとお母さんも追いかけるようにやって来ました。山頂で記念のシャッターを切ってあげました。
薬師岳山荘から小一時間でケルンのある山頂でした。「金の観音さまがないわ」荒れた祠を見てEさんが言いました。「向こうでしょ、頂上は」指差す先を見るとお堂らしきものが建っていて、たむろしている人影が見えました。10分ほどで本峰の頂上に着きました。三角点は薬師堂に張り付くように立っていました。山頂に足跡を残した証にポンと三角点を叩きました。

『薬師岳は、白馬や槍のような流行の山ではないが、その重量感のあるドッシリした山容は、北アルプス中随一である。ただのっそりと大きいだけではない。厳とした気品もそなえている』と、深田久弥が《日本百名山》で書いている薬師岳、裏銀座コースを歩いた時から憧れた山の山頂に今立っています。

薬師堂には金色の薬師如来像が安置されていました。我々はお賽銭をあげて手を合わせました。「それではここで祝詞をあげましょうか」と、『高天原に 神留まります 神漏岐神漏 美命もちて …』と声を発する。 祝詞を詠んで振り返ると、若い男性が二人手を合わせていました。雨が降って予定を変更したので行けなくなった、高天原が右手の下にありました。
立山方面を見ると隣り合うように北薬師岳がありました。この稜線をたどれば五色ヶ原へ通じています。本峰と北薬師岳との間には、見事な金作谷カールがありました。このカールは国の特別天然記念物に指定された薬師岳圏谷群の一つだそうです。大阪の小学生が上がって来ました。私を見つけると愛嬌のある笑顔で微笑みました。「おお!来たな」と手を差しのべると、お父さんとお母さんも追いかけるようにやって来ました。山頂で記念のシャッターを切ってあげました。
2009年08月31日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
薬師岳へ
太郎平小屋から20分ほど行くとテント場が見えました。それぞれに出発の準備をしているようでした。浜北の3人組も黒部五郎岳から下山して、今夜はここにテントを張る予定です。


テント場からは沢登りとなりました。角度のきつい沢を水場を避けて登って行き、振り返ると太郎平小屋まで朝日が降りていました。 ここから見ると太郎山が小屋から続く大地のように見えました。その先の雲海と空との境に浮かんでいるのは、加賀の白山のようです。
一息入れていると、上から降りてきたご夫妻が「もうすぐケルンですよ」と言って、「埼玉の方からですか」と聞いてきました。「いいえ」と言って怪訝な顔をしていると、「それ、雲取山のでしょ」とピンクのサブザックを指差しました。「これですか、ずいぶん前になりますが、皇太子さまが雲取山に登ったことがあったでしょう。その直後に行って貰ったんです」と言うと納得した様子でした。雲取山のサブザックを持っていたので関東人と思ったようでした。

沢を登りきって木道となって、見晴らしのいい所へ出るとケルンが立っていました。そこからは黒部五郎岳を見ることが出来ました。「あの人たち、もうあの山頂に立っている頃かしら」とEさんが言いました。時計を見ると6時20分でした。「まだ、途中だろう」と言って、あの3人は達者だからと思いました。

『丈の低いオオシラビソと小さな池の布置のよろしい、美しい小庭園に出る』と深田久弥が《日本百名山》で書いている薬師平です。高山植物が咲き乱れる比較的平坦な道を進むと、薬師岳へ続く尾根が見えて来ました。あそこまで上がれば快適な尾根歩きが出来ると思ったら急に元気が出ました。
その尾根からは、『白い砂礫がザクザクした尾根で、右手には黒部の谷を距てて雲ノ平の大きな台地を望み、左手には有峰のダム湖が覗かれる』と《日本百名山》で書いている通りの景色が広がっていました。「気持ちいい、ありがとう!」とEさんが大きな声で言いました。上天気で尾根歩きを楽しみながら歩いていたら、何時の間にか薬師岳山荘へ着きました。


テント場からは沢登りとなりました。角度のきつい沢を水場を避けて登って行き、振り返ると太郎平小屋まで朝日が降りていました。 ここから見ると太郎山が小屋から続く大地のように見えました。その先の雲海と空との境に浮かんでいるのは、加賀の白山のようです。
一息入れていると、上から降りてきたご夫妻が「もうすぐケルンですよ」と言って、「埼玉の方からですか」と聞いてきました。「いいえ」と言って怪訝な顔をしていると、「それ、雲取山のでしょ」とピンクのサブザックを指差しました。「これですか、ずいぶん前になりますが、皇太子さまが雲取山に登ったことがあったでしょう。その直後に行って貰ったんです」と言うと納得した様子でした。雲取山のサブザックを持っていたので関東人と思ったようでした。

沢を登りきって木道となって、見晴らしのいい所へ出るとケルンが立っていました。そこからは黒部五郎岳を見ることが出来ました。「あの人たち、もうあの山頂に立っている頃かしら」とEさんが言いました。時計を見ると6時20分でした。「まだ、途中だろう」と言って、あの3人は達者だからと思いました。

『丈の低いオオシラビソと小さな池の布置のよろしい、美しい小庭園に出る』と深田久弥が《日本百名山》で書いている薬師平です。高山植物が咲き乱れる比較的平坦な道を進むと、薬師岳へ続く尾根が見えて来ました。あそこまで上がれば快適な尾根歩きが出来ると思ったら急に元気が出ました。
その尾根からは、『白い砂礫がザクザクした尾根で、右手には黒部の谷を距てて雲ノ平の大きな台地を望み、左手には有峰のダム湖が覗かれる』と《日本百名山》で書いている通りの景色が広がっていました。「気持ちいい、ありがとう!」とEさんが大きな声で言いました。上天気で尾根歩きを楽しみながら歩いていたら、何時の間にか薬師岳山荘へ着きました。
2009年08月30日 Posted by 駄馬 at 07:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
太郎平の朝
日の出前、太郎平小屋の広場に出ました。今日もいい天気です。登山日和です。薬師岳の上に広がっている鰯雲が茜色に染まっていました。「綺麗ねえ」とEさんがポツリと言いました。冷気がほおを撫でて行きました。気持ちのいい朝でした。見惚れていると色はみるみる醒めていきました。
身支度をして再び外へ出ると、黒部五郎岳の前衛の山・北ノ俣岳に朝日が射し始めていました。ザックを小屋に預けて行動食だけを持って薬師岳へ出発。今日は身軽で快適です。太郎兵衛平まで来て振り返ると、まだ太郎平小屋まで朝日は下りていませんでした。


身支度をして再び外へ出ると、黒部五郎岳の前衛の山・北ノ俣岳に朝日が射し始めていました。ザックを小屋に預けて行動食だけを持って薬師岳へ出発。今日は身軽で快適です。太郎兵衛平まで来て振り返ると、まだ太郎平小屋まで朝日は下りていませんでした。


2009年08月29日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(1) │TrackBack(0) │登山
太郎平・夕景
夕食後、横になって寛いでいると、夕日が良さそうな雰囲気になってきたので、カメラを持って外へ出ました。隣の御夫婦も私たちの後を追うように外に出ました。太郎平小屋の西側に太郎山があります。太郎山は数10分で行ける小高い丘の様な山です。その山の右肩へ太陽は沈もうとしていました。
宿泊者の過半数の人が固唾をのんで夕焼け空を眺めていました。中にはベンチで悠然とジョッキを傾ける、花より団子の人もいました。朱色に染まった筋雲は、太陽が沈む直前にピークとなり、沈んだ後もしばらくは余韻を残していました。


宿泊者の過半数の人が固唾をのんで夕焼け空を眺めていました。中にはベンチで悠然とジョッキを傾ける、花より団子の人もいました。朱色に染まった筋雲は、太陽が沈む直前にピークとなり、沈んだ後もしばらくは余韻を残していました。


2009年08月28日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
薬師沢
アラスカ庭園を過ぎてシラビソの中へ入って行くと、木道が切れていよいよ難所の急坂を下りることになります。薬師沢小屋までは大石がゴロゴロしていて、滑りやすい下りが1時間半以上続きます。普段でも滑り易い所ですが昨日の雨でなおさら滑り易くなっていました。
私と前になり後になりして下りていた聾啞の女の子は、尻もちをついたり、ぬかるみに足を取られたりして、ズボンが泥だらけになりました。先に立って下りて行ったEさんがうずくまっていたので「どうしたの?」と聞くと、「弁慶の泣き所を打ってしまった」と顔をしかめていました。「時間はたっぷりあるから、注意してゆっくり下りようよ」と言っても先に降りて行って、私の姿が見えなくなると「ヤッホー!」と叫ぶ、私も「ヤッホー!」と呼び返す。そんなことを繰り返していたら、登ってくる人たちから「奥さんが下でお待ちかねよ」と言われました。「あれは女房じゃない」とその都度説明するのも面倒になって、「ありがとう」とか、「女は強くて負けそう」と苦笑いで交わしながら降りました。

薬師沢小屋の下の川原で大休止。昨日通過した時は雨と霧で何も見えませんでしたが、景色のいい場所でした。川原の大岩に腰をおろしてスケッチをしている女性がいました。黒部川で顔を洗うと汗が吹っ飛ぶほどひんやりしていました。「あの人たちどの辺まで行ったでしょう?」とEさんが言ったので時計を見ると11時になる前でした。浜北の3人組は鷲羽山あたりか、それとも三俣山荘あたりで休んでいる頃だろうと思いました。

聾啞の若い二人に「よく頑張ったね」とEさんが言うと笑顔が返ってきました。「このスパッツを付けると、そんなに汚れなくてすんだのにねえ」と説明すると、素直に頷いていました。20分位経っても年配の二人が降りてこないので、若い二人は心配顔でした。

薬師沢小屋から薬師沢出合までのカベッケヶ原は快適な木道歩きでした。ここまで来ると水晶岳が雲ノ平で見るより大分小さくなっていました。右俣・中俣・左俣が合流する薬師沢出合では釣り人を何人か見かけました。今日は雨上りの最高の一日でした。Eさんは歩きながら『ありがとう』を連発していました。こういうところが彼女のいいところです。
私と前になり後になりして下りていた聾啞の女の子は、尻もちをついたり、ぬかるみに足を取られたりして、ズボンが泥だらけになりました。先に立って下りて行ったEさんがうずくまっていたので「どうしたの?」と聞くと、「弁慶の泣き所を打ってしまった」と顔をしかめていました。「時間はたっぷりあるから、注意してゆっくり下りようよ」と言っても先に降りて行って、私の姿が見えなくなると「ヤッホー!」と叫ぶ、私も「ヤッホー!」と呼び返す。そんなことを繰り返していたら、登ってくる人たちから「奥さんが下でお待ちかねよ」と言われました。「あれは女房じゃない」とその都度説明するのも面倒になって、「ありがとう」とか、「女は強くて負けそう」と苦笑いで交わしながら降りました。

薬師沢小屋の下の川原で大休止。昨日通過した時は雨と霧で何も見えませんでしたが、景色のいい場所でした。川原の大岩に腰をおろしてスケッチをしている女性がいました。黒部川で顔を洗うと汗が吹っ飛ぶほどひんやりしていました。「あの人たちどの辺まで行ったでしょう?」とEさんが言ったので時計を見ると11時になる前でした。浜北の3人組は鷲羽山あたりか、それとも三俣山荘あたりで休んでいる頃だろうと思いました。

聾啞の若い二人に「よく頑張ったね」とEさんが言うと笑顔が返ってきました。「このスパッツを付けると、そんなに汚れなくてすんだのにねえ」と説明すると、素直に頷いていました。20分位経っても年配の二人が降りてこないので、若い二人は心配顔でした。

薬師沢小屋から薬師沢出合までのカベッケヶ原は快適な木道歩きでした。ここまで来ると水晶岳が雲ノ平で見るより大分小さくなっていました。右俣・中俣・左俣が合流する薬師沢出合では釣り人を何人か見かけました。今日は雨上りの最高の一日でした。Eさんは歩きながら『ありがとう』を連発していました。こういうところが彼女のいいところです。
2009年08月27日 Posted by 駄馬 at 13:56 │Comments(1) │TrackBack(0) │登山
奥日本庭園にて
奥日本庭園まで来ると、這い松の背丈が伸びて山々の裾野が見えづらくなりました。一枚目の写真は祖父岳です。平凡な形の山です。祖父岳を目指すハイカーはおそらくいないでしょう。その脇を通っても印象に残す人はいないでしょう。名山に囲まれて存在感を示せずにいる山です。祖父と祖母で一対の山と考えれば、また違った見方が出来るのではないかと思いました。


奥日本庭園にはベンチがあり、その横には『奥日本庭園』と書いたポールがありました。聾啞者の4人がそこで薬師岳をバックに写真を撮り合っていました。「4人揃ったところを撮ってあげましょうか」とゼスチャーをまじえて言うと、それぞれのカメラを差し出してきました。撮り終わって「グー」と親指を立てると笑顔でぺこりと頭を下げました。彼らは自らものを頼めなくて、4人揃った写真は初めてだったようで、如何にも嬉しそうでした。



奥日本庭園にはベンチがあり、その横には『奥日本庭園』と書いたポールがありました。聾啞者の4人がそこで薬師岳をバックに写真を撮り合っていました。「4人揃ったところを撮ってあげましょうか」とゼスチャーをまじえて言うと、それぞれのカメラを差し出してきました。撮り終わって「グー」と親指を立てると笑顔でぺこりと頭を下げました。彼らは自らものを頼めなくて、4人揃った写真は初めてだったようで、如何にも嬉しそうでした。

2009年08月26日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
絶景・雲ノ平 ④
《アルプス庭園からの黒部五郎岳》
黒部五郎岳は大きな山です。その黒部五郎岳に朝日が射し始めました。光の帯がみるみる下がって行きました。光の変化をアルプス庭園から眺めながら、何時の日かあの頂にも立ちたいと思いました。明日、薬師岳に登頂すれば、この祖母岳から360度見渡せる山並の主峰で、未踏峰は黒部五郎岳だけになります。
木道が広くなった所で朝食を摂っていると、男3人女1人のグループがやって来ました。「上のアルプス庭園、素晴らしかったよ」と言っても、にっこり笑っただけで反応がありませんでした。あれと思って仲間と顔を見合わせました。彼らがアルプス庭園に消える頃、聾啞の人たちだと解りました。その後、彼らとは太郎平小屋へ行くまで、抜きつ抜かれつして親しくなりました。我々は手話が出来ないのでゼスチャーを交えて言葉を交わしました。声をかけたり、シャッターを切ってやるといい笑顔が返って来ました。ハンデキャップのある人たちが頑張っている姿を見ると自分たちの励みにもなります。


2009年08月25日 Posted by 駄馬 at 12:20 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
絶景・雲ノ平 ③
《アルプス庭園からの笠ヶ岳》
笠ヶ岳は均整の取れた山です。円錐形の端正な顔をした山です。何処から見ても同じような形に見えます。槍ヶ岳と同じで北アルプスを歩いていて、すぐそれと判るのが笠ヶ岳です。雲ノ平から眺める笠ヶ岳も同じ姿で存在感がありました。
笠ヶ岳へは双六岳から、この写真で見える左の尾根を歩いて登りました。写真で想像するほど急峻でなく登り易い山でした。但し、下山に使った笠新道は登りたくないと思いました。新穂高から笠新道を行くのは近道ですが大変です。


2009年08月24日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(1) │TrackBack(0) │登山
絶景・雲ノ平 ②
《アルプス庭園からの三俣蓮華岳》
祖母岳から見る三俣蓮華岳はいい形をしていました。三俣蓮華岳は特別な山ではない。鷲羽岳と黒部五郎岳、二つの日本百名山に挟まれて目立たない山である。しかし、個人的には好きな山です。今この時間、朝の斜光を受けて三俣蓮華岳は、彫の深いいい顔をしていました。

新穂高から入って雲ノ平を目指したことがありました。三俣蓮華岳に立つと雲ノ平が見えました。広々とした草原のように見えました。素晴らしい別天地のように見えました。名山のピークとは違う魅力を感じました。その時は都合で雲ノ平まで行くことが出来ませんでした。何時の日か、あの地に立ちたいと思いました。

アルプス庭園は這い松と高山植物が咲く草地に、石や池が適度に配置されていました。人工の庭園より美しいと思いました。三俣蓮華岳の左には槍ヶ岳が見えました。右には笠ヶ岳がありました。

2009年08月23日 Posted by 駄馬 at 22:10 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
絶景・雲ノ平 ①
《アルプス庭園からの薬師岳》
分岐から15分程度登るとアルプス庭園が広がっていました。そこからは360度、素晴らしい景色が展開されていました。名山が朝光を受けて輝いていました。特に、西に位置する薬師岳は眩しいほどでした。大きな山容の薬師岳が雲海に浮かんでいました。「明日はあの頂に立つゾ!」と仲間と叫びました。
「祖母岳と書いてあるわ、アルプス庭園て祖母岳の山頂なのね」「今日は祖母の命日なの、いい時に来れてよかった」とEさんが嬉しそうに言いました。「帰ったら早速墓前に報告します」
東の方角には、三俣蓮華岳・鷲羽岳・水晶岳に囲まれるようにして、祖父岳が慎ましやかに鎮座していました。祖母岳は祖父岳より一回りも二回りも小さくて、祖父岳に見守られている様にも見えました。


2009年08月22日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
水晶岳
昨日の雨がウソのような、今日は快晴でした。4時半、浜北のトリオは既に出発の準備を整えていました。雲ノ平山荘前で記念写真を撮って彼らと別れました。
まだ陽の昇らない水晶岳を目指して、浜北のトリオは木道を歩いて行きました。「ヤッホー!」とEさんが叫ぶと、彼らは何度も何度も手を振っていました。彼らは今日、水晶岳からワリモ岳・鷲羽岳を経て、黒部五郎キャンプ場までの予定だそうです。自分たちには真似の出来ないハードな行程でした。

雲ノ平山荘の周辺は天然の庭園でした。人の手では造れないスケールの大きな庭園でした。ギリシャ庭園、スイス庭園、アルプス庭園、祖父庭園、日本庭園、アラスカ庭園などと名付けられた庭園が点在していました。それを全て見て歩くだけでも丸一日かかりそうです。

山小屋推薦のアルプス庭園へ向かう途中で、水晶岳から陽が昇り始めました。私がシャッターを切っている間、女性たちは手を合わせていました。下に光っているのが雲ノ平山荘です。水晶岳は別名黒岳といい日本百名山です。数年前、高瀬ダムから入って、烏帽子岳、野口五郎岳、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華、双六岳と、通称裏銀座コースを縦走して、新穂高温泉へ下りるコースを歩いた時、水晶岳に立ったことがあります。私は今、あの時水晶岳から眺めた雲ノ平に立って水晶岳を眺めています。
まだ陽の昇らない水晶岳を目指して、浜北のトリオは木道を歩いて行きました。「ヤッホー!」とEさんが叫ぶと、彼らは何度も何度も手を振っていました。彼らは今日、水晶岳からワリモ岳・鷲羽岳を経て、黒部五郎キャンプ場までの予定だそうです。自分たちには真似の出来ないハードな行程でした。

雲ノ平山荘の周辺は天然の庭園でした。人の手では造れないスケールの大きな庭園でした。ギリシャ庭園、スイス庭園、アルプス庭園、祖父庭園、日本庭園、アラスカ庭園などと名付けられた庭園が点在していました。それを全て見て歩くだけでも丸一日かかりそうです。

山小屋推薦のアルプス庭園へ向かう途中で、水晶岳から陽が昇り始めました。私がシャッターを切っている間、女性たちは手を合わせていました。下に光っているのが雲ノ平山荘です。水晶岳は別名黒岳といい日本百名山です。数年前、高瀬ダムから入って、烏帽子岳、野口五郎岳、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華、双六岳と、通称裏銀座コースを縦走して、新穂高温泉へ下りるコースを歩いた時、水晶岳に立ったことがあります。私は今、あの時水晶岳から眺めた雲ノ平に立って水晶岳を眺めています。
2009年08月21日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(1) │TrackBack(0) │登山
雨の雲ノ平へ
昨夜の天気予報だと、午前中曇り、午後から雨でしたが、4時半に起床すると既に雨が降り出していました。当初の計画だと今日は薬師岳へ登る予定でしたが、計画を変更して雲ノ平への移動日に充てることにしました。
太郎平小屋を6時に出発。黒部の源流域へ向かって高度を下げること1時間20分。薬師沢出合に着きました。10人ほどのグループが休憩していました。「これを食べると元気が出ますよ」と、ホシブドウを頂きました。甘酸っぱい香りが口の中に広がりました。

ここからは笹原の中の木道を行きます。雨はまだ小降りでしたが、幾つかの沢を渡って薬師沢小屋へ着く頃には本降りになっていました。薬師沢小屋の前には黒部川本流が流れていました。黒部川の源は鷲羽山です。これから行く雲ノ平を巻くようにしてここまで流れ来ています。さらに、高天原から上の廊下を経て黒部湖を形成しています。
薬師沢小屋の軒下で一本立てた我々は、赤い吊橋を渡って今日の難所に取りつきました。苔むした岩石のゴロゴロしている登りが2時間以上続きました。天気が良くても滑り易い石なので、雨の中で難儀しました。高天原まで行く予定だという親子の、お母さんの足取りが重たいので、果たして今日中に行けるだろうかと、人ごとながら心配しました。

木道に出てホッとして、少し進むとアラスカ庭園でした。ベンチで一息入れて水分を補給したら、急に胸を押さえつけられる様な症状になって、吐き気を催しました。Eさんに背中をさすってもらい、落ちついてきたので出発の準備をしていると、3人の男性が通り過ぎようとして、どちらからともなく驚きの声を発しました。昨日会った浜北のトリオでした。行先は同じ雲ノ平でした。
オダギリソウやコウメバチソウが雨の中で可憐な花を咲かせていました。下の方では花の終わっていたチングルマも雲ノ平山荘の周辺では真盛りでした。小屋に落ち着いた我々は夕飯までの一時大いに盛り上がりました。
太郎平小屋を6時に出発。黒部の源流域へ向かって高度を下げること1時間20分。薬師沢出合に着きました。10人ほどのグループが休憩していました。「これを食べると元気が出ますよ」と、ホシブドウを頂きました。甘酸っぱい香りが口の中に広がりました。

ここからは笹原の中の木道を行きます。雨はまだ小降りでしたが、幾つかの沢を渡って薬師沢小屋へ着く頃には本降りになっていました。薬師沢小屋の前には黒部川本流が流れていました。黒部川の源は鷲羽山です。これから行く雲ノ平を巻くようにしてここまで流れ来ています。さらに、高天原から上の廊下を経て黒部湖を形成しています。
薬師沢小屋の軒下で一本立てた我々は、赤い吊橋を渡って今日の難所に取りつきました。苔むした岩石のゴロゴロしている登りが2時間以上続きました。天気が良くても滑り易い石なので、雨の中で難儀しました。高天原まで行く予定だという親子の、お母さんの足取りが重たいので、果たして今日中に行けるだろうかと、人ごとながら心配しました。

木道に出てホッとして、少し進むとアラスカ庭園でした。ベンチで一息入れて水分を補給したら、急に胸を押さえつけられる様な症状になって、吐き気を催しました。Eさんに背中をさすってもらい、落ちついてきたので出発の準備をしていると、3人の男性が通り過ぎようとして、どちらからともなく驚きの声を発しました。昨日会った浜北のトリオでした。行先は同じ雲ノ平でした。
オダギリソウやコウメバチソウが雨の中で可憐な花を咲かせていました。下の方では花の終わっていたチングルマも雲ノ平山荘の周辺では真盛りでした。小屋に落ち着いた我々は夕飯までの一時大いに盛り上がりました。
2009年08月20日 Posted by 駄馬 at 13:04 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
救助ヘリ
太郎平小屋に入ってすぐに寝てしまった私は、16時過ぎに目が覚めて小屋の外に出てみました。広場に点在するベンチで寛いでいる人々の姿が目に付きました。目の前に薬師岳がありますが、なだらかな斜面で山が迫ってきていないので、ゆったりとした風景が広がっていて気持ちのいい場所です。特に今日は雲が出てきて、直射日光が差さないので寛ぐには最高でした。
ヘリコプターが来ると言って、ヘリポートの方へ行く人がいたので、野次馬根性で行ってみました。富山方面から赤いヘリが飛んで来て、旋回しながら着陸して、素早く怪我人を乗せて戻って行きました。「ヘリコプターなど頼むと高く取られるんでしょうね」とEさんは心配顔で見ていて、「まだまだ山を楽しみたいから、保険に入っておこうかしら」と言いました。


ヘリコプターが来ると言って、ヘリポートの方へ行く人がいたので、野次馬根性で行ってみました。富山方面から赤いヘリが飛んで来て、旋回しながら着陸して、素早く怪我人を乗せて戻って行きました。「ヘリコプターなど頼むと高く取られるんでしょうね」とEさんは心配顔で見ていて、「まだまだ山を楽しみたいから、保険に入っておこうかしら」と言いました。


2009年08月19日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(1) │TrackBack(0) │登山
太郎平への道
折立から森林の中を2時間余り喘ぎ喘ぎ登って行くと、三角点のある展望所へ出ました。昨夜、有峰林道・亀谷ゲートに到着したのは2時半頃でした。3時間ほど仮眠して、6時にゲートが開くのを待って折立登山口へ入りました。
眠気と暑さと闘いながら展望所へ来ると、10数名がベンチで休んでいました。空いているベンチに腰を降ろして挨拶を交わすと、隣の3人の男性が浜北の方だと解りビックリしました。話をすると互いに接点があって、親近感を覚えて暫く一緒に歩きましたが、彼らは今日のうちに薬師岳に登るという、先を急ぐ理由があったので途中で別れました。その彼らとその後2度3度と会うことになるとは、その時思いもしませんでした。

展望所を過ぎると徐々に視界も開けて来ました。足元に咲く小さな花が疲れを癒してくれました。

夏休みということもあって、家族連れの姿を多く見かけましました。五光岩で出会った小学校2年生の女の子などは、元気よく我々を追い越して行ったかと思うと、木道に座り込んで「もういや」と言って、お母さんを困らせていました。


緩やかな登りの石畳と木道が交互に続くようになると、高山植物が咲く草原とハイマツ地帯となって来ました。正面に黒部五郎、左手に薬師岳が大きく見えるやうになった頃、行く手に太郎平小屋が現れました。受付を済ませて小屋に入るとバタンキュウで寝てしまいました。
眠気と暑さと闘いながら展望所へ来ると、10数名がベンチで休んでいました。空いているベンチに腰を降ろして挨拶を交わすと、隣の3人の男性が浜北の方だと解りビックリしました。話をすると互いに接点があって、親近感を覚えて暫く一緒に歩きましたが、彼らは今日のうちに薬師岳に登るという、先を急ぐ理由があったので途中で別れました。その彼らとその後2度3度と会うことになるとは、その時思いもしませんでした。

展望所を過ぎると徐々に視界も開けて来ました。足元に咲く小さな花が疲れを癒してくれました。

夏休みということもあって、家族連れの姿を多く見かけましました。五光岩で出会った小学校2年生の女の子などは、元気よく我々を追い越して行ったかと思うと、木道に座り込んで「もういや」と言って、お母さんを困らせていました。


緩やかな登りの石畳と木道が交互に続くようになると、高山植物が咲く草原とハイマツ地帯となって来ました。正面に黒部五郎、左手に薬師岳が大きく見えるやうになった頃、行く手に太郎平小屋が現れました。受付を済ませて小屋に入るとバタンキュウで寝てしまいました。
2009年08月18日 Posted by 駄馬 at 17:00 │Comments(2) │TrackBack(0) │登山
湖上大孔雀
大輪の華たち
水映火宴
鷺草の湿原
稲が日ごとに伸びて、早稲品種は穂を出し始めています。そんな稲田から白い首を伸ばして様子を穿っている鷺を見かけることがあります。その白鷺に似ているという、鷺草を一度写真に納めたいと思っていました。
多米峠を越えた愛知県側に葦毛湿原があります。その葦毛湿原に鷺草が咲いていると聞いて行って来ました。雨上りの午後でした。駐車場に数台車が停まっていたので、湿原に来た人達かと思ったら、大半は溜池へ釣りに来た人の車でした。
濡れた木道を鷺草を探しながら歩いて行くと、湿地の中から伸びた細い茎に乗っかるような恰好で咲いていました。白鷺が羽を広げて飛んでいるようにも見えました。今日の鷺は羽に雫をいっぱい乗せていました。
私の住んでいる近くに特別養護老人ホームがあります。縁あってそこの理事を長年やっていますが、場所が鷺ノ宮ということで鷺草がマークになっています。そんなこともあって鷺草に以前から関心はありましたが、始めて自生している鷺草を見て感動しました。



多米峠を越えた愛知県側に葦毛湿原があります。その葦毛湿原に鷺草が咲いていると聞いて行って来ました。雨上りの午後でした。駐車場に数台車が停まっていたので、湿原に来た人達かと思ったら、大半は溜池へ釣りに来た人の車でした。
濡れた木道を鷺草を探しながら歩いて行くと、湿地の中から伸びた細い茎に乗っかるような恰好で咲いていました。白鷺が羽を広げて飛んでいるようにも見えました。今日の鷺は羽に雫をいっぱい乗せていました。
私の住んでいる近くに特別養護老人ホームがあります。縁あってそこの理事を長年やっていますが、場所が鷺ノ宮ということで鷺草がマークになっています。そんなこともあって鷺草に以前から関心はありましたが、始めて自生している鷺草を見て感動しました。



2009年08月13日 Posted by 駄馬 at 06:30 │Comments(1) │TrackBack(0) │マイフォト
石鳥と橋
岩の上にいかにも鳥が羽を休めているように石が置いてありました。何時誰が置いたのか、うまく出来ていました。
阿寺渓谷の中ほどに橋が掛かっていました。人だけが渡れる橋でした。画になる橋でした。橋の下には大きな一枚岩がありました。この橋を渡って森の中へ分け入って行くとどんな世界があるのだろうか。
霧が出てきて、雨も強くなってきました。渓谷をもっと奥まで行きたかったのですが引き返すことにしました。

阿寺渓谷の中ほどに橋が掛かっていました。人だけが渡れる橋でした。画になる橋でした。橋の下には大きな一枚岩がありました。この橋を渡って森の中へ分け入って行くとどんな世界があるのだろうか。
霧が出てきて、雨も強くなってきました。渓谷をもっと奥まで行きたかったのですが引き返すことにしました。

2009年08月12日 Posted by 駄馬 at 06:30 │Comments(0) │TrackBack(0) │ウォーキング
阿寺渓谷
中山道のほぼ中央、長野県大桑村に阿寺渓谷はあります。木曾川の支流阿寺川が美しい渓流となって流れていました。
川沿いに道路があるので見て歩くには好都合でした。生憎の天候で人出はあまりありませんでしたが、清らかな水の流れに接することが出来ました。

川沿いに道路があるので見て歩くには好都合でした。生憎の天候で人出はあまりありませんでしたが、清らかな水の流れに接することが出来ました。

2009年08月11日 Posted by 駄馬 at 06:30 │Comments(1) │TrackBack(0) │ウォーキング
御嶽・滝行
新滝の手前に小屋がありました。バスで来たと思われる団体が入っていました。その中に裸の人がいました。アレッと思って登って行くと、白衣に着替えをしている所でした。
滝の前に行くと行衣姿の男女が滝行をしていました。その中には子供の姿もありました。4・5人が交代で滝の裏へまわって、滝に打たれて行を行っていました。中には褌姿の人も居ました。初めて見る光景でしたので、しばし呆然と見ていましたが、我に返ってシャッターを切りました。雨に濡れるのも忘れてシャッターを切りました。


滝の前に行くと行衣姿の男女が滝行をしていました。その中には子供の姿もありました。4・5人が交代で滝の裏へまわって、滝に打たれて行を行っていました。中には褌姿の人も居ました。初めて見る光景でしたので、しばし呆然と見ていましたが、我に返ってシャッターを切りました。雨に濡れるのも忘れてシャッターを切りました。


2009年08月09日 Posted by 駄馬 at 06:30 │Comments(2) │TrackBack(0) │マイフォト
御嶽・新滝
清滝から少し上がった所に新滝の駐車場はありました。乗用車5・6台のスペースの場所にバスが停まっていたので、乗用車が出るのを待って駐車しました。新滝遥拝殿から10分ほど登った所に滝はありました。
そこで私は思わぬ光景に出逢いました。


そこで私は思わぬ光景に出逢いました。


2009年08月08日 Posted by 駄馬 at 06:30 │Comments(0) │TrackBack(0) │マイフォト
御嶽・清滝
王滝村から田の原への道中、御嶽山の三合目あたりに清滝はありました。駐車場に車を止めると目の前に滝が見えました。道路から滝が見えたことに驚きました。御嶽山へ登る時に何回かこの道は通っていますが、行きは何時も夜なので気付きませんでした。帰りは日中でも見えづらい角度でした。
レインウエアーを着て、カメラに防水カバーを付けて、傘をさして、完全防備で滝に近付きました。滝と清滝不動明王の間は防護壁で仕切られていました。朱塗の太鼓橋に立つと滝の水をまともに被りました。雨が強くなって来たので引き返すと、「カメラが濡れますかどうぞ」と云われ、お札を販売している建物の庇を借りて雨宿りをさせてもらいました。
雨宿りをしながら友と「あの防護壁が無いとねえ」と話していたら、それを聞いていたお札売りの男性が「あれが無いとまともにここまで来るんですよ」と言いました。「写真を撮るなら新滝のほうがいいですよ」と教えてくれました。雨が少し小降りになってきたので、友に傘をかざしてもらって写真を撮りました。落差30mの火山岩から落ちた水は、洗濯板のような岩床から流れ出て行きました。


レインウエアーを着て、カメラに防水カバーを付けて、傘をさして、完全防備で滝に近付きました。滝と清滝不動明王の間は防護壁で仕切られていました。朱塗の太鼓橋に立つと滝の水をまともに被りました。雨が強くなって来たので引き返すと、「カメラが濡れますかどうぞ」と云われ、お札を販売している建物の庇を借りて雨宿りをさせてもらいました。
雨宿りをしながら友と「あの防護壁が無いとねえ」と話していたら、それを聞いていたお札売りの男性が「あれが無いとまともにここまで来るんですよ」と言いました。「写真を撮るなら新滝のほうがいいですよ」と教えてくれました。雨が少し小降りになってきたので、友に傘をかざしてもらって写真を撮りました。落差30mの火山岩から落ちた水は、洗濯板のような岩床から流れ出て行きました。


2009年08月07日 Posted by 駄馬 at 12:00 │Comments(1) │TrackBack(0) │マイフォト
黒沢滝
この滝は南安曇郡三郷村黒沢滝です。幹線道路から滝へ入る道が解らなかったので、民家で尋ねて林道に入って行きましたが、道しるべ一つ無かったので不安でした。猟銃を片手に立っている人がいたので再び尋ねると、「道なりに突き当りまで行けばいい」との事でしたので、言葉を信じて山の中へ入って行きました。
苔むして朽ち果てそうな神社の横を通って、さらに入って行くと防災堤の上流に、車止めと駐車スペースがありました。登山靴に履き替えて、沢に沿って入って行くと予想以上に大きな滝が現れました。滝飛沫がまともにふりかかって来ました。
滝は二段になっていて、上からは二つに分かれて落ちていました。滝を眺めていると紫陽花が咲いているのに気付きました。痩せて小さな紫陽花でしたが何故か脳裏に残りました。雨が降り出して来たので早々に引き上げました。


苔むして朽ち果てそうな神社の横を通って、さらに入って行くと防災堤の上流に、車止めと駐車スペースがありました。登山靴に履き替えて、沢に沿って入って行くと予想以上に大きな滝が現れました。滝飛沫がまともにふりかかって来ました。
滝は二段になっていて、上からは二つに分かれて落ちていました。滝を眺めていると紫陽花が咲いているのに気付きました。痩せて小さな紫陽花でしたが何故か脳裏に残りました。雨が降り出して来たので早々に引き上げました。




















